GoogleのGenesisが報道機関とジャーナリストに及ぼす影響

Genesis by Google
Google’s Genesis by 相武AI with Stable Diffusion XL 0.9

2023年7月19日付のNew York Timesによると、GoogleはAIを使ってニュース記事を作成する製品をテストしており、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルを含む報道機関に売り込み中とのことです。

同記事ではGoogleがGenesisをジャーナリストのパーソナル・アシスタントのような役割を果たし、一部の作業を自動化することで他の作業に時間を割くためのツールと考えており、むしろ文章生成AIの落とし穴(相武AI注:虚偽の内容をまことしやかに語る)から守るために役立つ技術だというコメントも含まれています。

この報道は波紋を呼び、翌日Googleの広報担当ジェン・クライダーは各所に以下の主旨のコメントを流して火消しを行っています。

ニュース出版社とのパートナーシップを通じて、特に小規模な出版社と共に、記者の仕事を支援するためにAIを活用したツールを提供する可能性を最初の段階で検討しています。例えば、AIを活用したツールは、記者が見出しや異なる文章スタイルの選択肢を得るのを支援することが考えられます。私たちの目標は、記者にこれらの新興技術を活用する選択肢を提供し、彼らの仕事と生産性を向上させる方法として提供することであり、GmailやGoogle Docsでもアシストツールを提供しているように、サポートすることです。これらのツールは、記者が報道、創作、記事の事実確認における欠かせない役割を置き換えることを意図しておらず、また不可能です。

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私はNew York Timesを最も信頼できる高品質なニュースソースとして毎日1時間以上読んでおり、New York Timesの記事がGenesisに対する懸念表明に終始していないことはよくわかります。New York Timesの記事は英文のお手本のひとつであり、昨今、パンクチュエーション(comma, period, “”, :, ;, … — などの使い方)はNew York Timesスタイルがもっともハイセンスなものと考えられています。タイムリーな個別記事にも著名な小説家を彷彿とさせる文章表現や、当代最右翼の写真家が撮影した芸術的な報道写真が惜しげなく散りばめられています。日本の新聞記事と異なるのは一つ一つの記事が長文(2000~数千文字)で、その事件・事象を語りつくしているという点です。しかも電子版の購読料はキャンペーン適用だと初年度3,000円、割引なしでも1万円以下と、日経電子版の1~2.5カ月分の料金で1年間読めます。どうして日本の新聞の購読料はこんなに高いのでしょうか?

私たち作家はChatGPTなどのAIに職業領域を奪われることは(少なくとも当面は)心配していません。小説を書くのはAIが最も不得意とする領域だからです。一方、ノンフィクションの記事となるとAIは相当人間に近い文章を生成するので、AIがジャーナリストの職域を侵す日は遠くないかもしれません。(画像の分野では既に本格的に侵されつつあります。)

しかし、New York Timesのジャーナリストは、自分たちのレベルの記事をAIが書くのは10年早いと自信を持っています。むしろ彼らが心配なのは、中流のジャーナリストがGenesisを使うと、一見するとNew York Timesに比肩するような見かけの記事を書けるようになるということです。ロシアのウクライナ侵攻に関しても、New York TimesやAPなどの超一流報道機関は当初から記者が現地で入手・見分した情報をいち早く流してきましたが、そんな体力のない報道機関(日本の大半)は超一流から出る一次情報、大手TV各局の報道、Telegramでのミルブログ(Military Blog)などから情報を拾って記事を作成してきました。Genesisはそのようなインターネットで取得可能な情報を瞬時に拾い集め、総合的に評価し、一見New York Times的な記事を書き上げる能力を持っていると推測します。

つまり、Genesisを使えば、Yahooニュース的な、結構長文でカバー範囲の広い記事を、数分で書けることになり、後はファクトチェックと編集をすれば流せることになります。「本当のオリジナル記事」を書ける超一流の報道機関のジャーナリストの職域は殆ど侵されない――むしろGenesisをdraftingに使って記事作成時間を短縮できる――でしょうが、それ以外のいわゆる「ジャーナリスト」の役割は大きく減少する可能性が大だと思います。

以上は私見に満ちていますが、もっと客観的な視点で本稿をまとめておきましょう。

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AIがジャーナリズムに与える影響についての議論は、近年ますます重要性を増しています。Googleが開発したアルゴリズム「Genesis」のようなツールが、ニュース記事の作成を自動化する一方で、そのような技術がジャーナリズムの本質にどのような影響を与えるのか、という問いが投げかけられています。

GoogleはGenesisを特定のタスクを自動化して時間を節約するパーソナルアシスタントとして説明していますが、ニュース記事の作成という過程は、単なる情報の整理や再構成だけではなく、深い調査や取材、そしてそれらを元にしたストーリーの構築など、多岐にわたる作業を必要とします。これらの作業は、単にアルゴリズムによる自動化で置き換えることができるものではなく、むしろその過程自体がジャーナリズムの価値を形成する重要な要素であると言えます。

一方で、AIがコンテンツ生成に活用される現状も見逃せません。特に、広告を埋めるためにページコンテンツを生成するためにアルゴリズムが利用されている事例は、AIの使い方についての議論を必要とします。そのような使い方が広まると、クリックベイトのような低品質なコンテンツが増え、メディア全体の価値が低下する恐れがあります。

また、AIが新聞のスタイルや調子を設定する可能性についても考えるべきです。たとえば、特定のメディアアウトレットや特定のジャーナリストのテキストで訓練した生成型アルゴリズムを作成することは可能ですが、それが実際に新聞のスタイルや調子を自動化するアルゴリズムとして利用されると、新聞そのものの個性やブランド価値が失われる危険性があります。

このように、AIがジャーナリズムに与える影響は多面的で、その一方でAIは便利なツールとしてジャーナリズムの効率化や生産性向上に貢献する可能性もあります。しかし、その活用法は注意深く検討する必要があります。AIの技術が進化するにつれて、ジャーナリズムのあり方も変わってくるかもしれませんが、その中で常に保たれるべきは、ジャーナリズムの本質的な価値であると言えるでしょう。

[脚注] Genesisとは創世記を意味する単語です。トップの画像はStable Diffusion 0.9で ”A cyber warrior who is a journalist in the age of Genesis, artistic, 8k, volumetric lighting” というシンプルなtext promptにより生成したものです。

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